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福岡高等裁判所 昭和25年(う)736号 判決

控訴人 原審検察官 副検事 山崎進一

被告人 中島龍洙

検察官 宮井親造関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月及び罰金二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

但し裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

押収してある白米八六瓩玄小麦五七、五瓩玄裸麦二七五瓩玄米五九瓩籾一八二瓩の換価金一万三千百二十四円六十二銭はこれを没収する。

理由

検察官の控訴の趣意は末尾添付の原審検察官副検事山崎進一名義の控訴趣意書記載のとおりである。

控訴趣意一の第一乃至第三点について

原判決は判示事実を証拠により確定した上、これに対して被告人を懲役一年と罰金三万円に処し右懲役刑と罰金中二万円につき裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予していること所論のとおりである。刑法第二十五条によれば刑の執行猶予の要件として「三年以下ノ懲役若クハ禁錮又ハ五千円以下ノ罰金ノ言渡ヲ受ケタルトキハ情状ニ因リ裁判確定ノ日ヨリ一年以上五年以下ノ期間内其執行ヲ猶予スルコトヲ得」(罰金額五千円は罰金等臨時措置法により五万円となる)刑法第二十七条は「刑ノ執行猶予ノ言渡ヲ取消サルルコトナクシテ猶予ノ期間ヲ経過シタルトキハ刑ノ言渡ハ其ノ効力ヲ失フ」と定めている。思うに刑の執行猶予の制度は自由刑に着眼して考え出されたものであつてそのねらいどころは短期自由刑の執行により生ずる弊害を避けんがため、刑罰の執行を休止の状態に置き一定の期間刑の言渡を受けた者が犯罪行動に出ないときは確定的に所罰の執行を免除し場合によつては刑の言渡そのものの効力を喪失せしめんとするものである。右の如く執行猶予は、もともと短期自由刑の弊害を矯めんとして出発しているものであるが、すでに重い懲役又は禁錮に対してこれを認める以上はこれより軽い罰金刑に対しても猶予を認めることは理論上むしろ当然であるばかりでなく、実際上も罰金はその完納不能による換刑として労役場留置の執行を受くることとなりこれを科せらるるものに対して著しい苦痛を与え得るものであり、且つそれが前科として犯罪人名簿に登録せられ、場合によつては資格制限、資格停止の効果を伴うものであることを思うときこれに対して執行猶予を認めることは、やはり懲役、禁錮の場合と同様刑事政策上、大なる効果のあるべきこと勿論である。すなわち刑の執行猶予の制度は単に短期自由刑の弊害を除くというがごとき消極的なものに止まらないで実刑を科する可能性による心理的な改善効果と猶予期間の経過とともに刑の言渡が効力を失うことによる犯人の更正により大きな可能性とが執行猶予の積極的な刑事政策的意義だといわねばならない。かようにして執行猶予の制庭については自由刑と財産刑とを区別する理由を失つたのである。かくしてこの執行猶予の制度は自由刑より更に財産刑へ拡張すべきだとの刑事政策的見地から現行刑法の規定に発展したものである。従つて執行猶予の言渡を受けたものは、その猶予の期間内、これを取消さるることなくその期間を経過するにおいては刑の言渡は全面的にその効力を失い刑の言渡はなかつたと同様に見做され、前科としての不利益な効果が終生続くような不合理を是正せんことを意図しているのである。そうだとすれば原判決がその言渡した罰金刑三万円の内二万円についてはその執行を猶予しその余について、これをなさなかつたのは上来説述の財産刑に対する執行猶予制度の趣旨に反するばかりでなく、他面一個の罰金刑につきそれぞれ法律効果を異にする二個の罰金刑を言渡したことに帰着し実質的には二個の判決とも解せられる。しかも刑法第二十五条の規定の文理からしても「其執行ヲ猶予スルコトヲ得」とあつて「其執行」とは、もとより言渡刑そのものを指称するものと解すべきが相当であるから執行猶予の言渡はその言渡した刑全部につきなすべきものであることは当然である。原判決は結局法令の適用に誤があり、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。論旨は理由がある。

控訴趣意一の第四点について

原判決には所論のように罰金等臨時措置法を適用しない違法がある。この点においても前同様破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつてその余の控訴趣意に対する判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七条を適用して原判決を破棄し同法第四百条但書により被告事件につき更に判決をする。

当裁判所が認定する事実は原審認定の事実(起訴状記載の公訴事実)と同一であり、右事実は原判決挙示の各証拠を綜合してこれを認める。法律に照らすと被告人の判示第一の(一)乃至(八)の各所為は それぞれ食糧管理法第九条第三十一条、罰金等臨時措置法第二条第一項、同法施行令第六条に、判示第二の(一)乃至(七)の各所為はそれぞれ食糧管理法第九条第三十一条、罰金等臨時措置法第二条第一項、同法施行令第八条、同法施行規則第二十三条に該当するが情状に因り食糧管理法第三十四条を適用して懲役及び罰金を併科することとし、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから懲役刑については刑法第四十七条、第十条に従いその最も重い判示第一の(七)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において、又罰金刑については同法第四十八条に従い各罪につき定めた罰金の合算額の範囲内において主文第二項のように量刑処断し、罰金を完納することができないときは同法第十八条により金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべきところ 情状に因り同法第二十五条に則り裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予すべきものと認め、 主文第五項記載の押収物件の換価代金は同法第十九条第一項第一号第二項に則りこれを没収すべきものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 後藤師郎 判事 川井立夫 判事 大曲壮次郎)

検察官の控訴趣意

一、第一審判決は法令の適用に誤りがあつてその誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかであると認められる。

第一点 本件判決は被告人を懲役一年と罰金三万円に処する。但し被告人に対し此の裁判が確定した日から三年間右懲役刑と罰金中二万円につき各執行を猶予するとある。然しながら刑法第二十五条中の「其の執行を猶予することを得とある「其の」なる文言は言渡刑そのものを指称し其の刑全部につき執行猶予の言渡をなすことを得と謡つたものと解する。本件判決のように分割的に其の一部の刑に執行猶予を附し残り一部には之を附さないとするが如き拡張的解釈をなすは妥当でないと解する。

第二点 罰金三万円の言渡に対し右のように更に之を分割して法律効果を異にした内容を持つ二個の言渡をなすかような判決は実質的に二個の裁判を為した不法があると解せられる。

第三点 刑執行猶予の言渡をなすについては犯罪の種類軽重等諸般の事情を全般的に観察して之が価値判断を為した上右言渡を為すべきものであつて分割的に其の一部について執行を猶予するようなことは立法趣旨に悖るものとする。

第四点 罰金五千円を超えた金二万円に対し刑執行猶予の言渡を為したのであるから之については罰金等臨時措置法第六条を適用すべきであるのに之を逸脱している。

二、刑の量定が不当であると思料する。本件犯罪事実は玄裸麦一斗八升玄小麦四斗白米四回に九斗玄米四斗七升、計一石八斗を買入れ玄裸麦を五回に四俵と二斗白米二斗を売渡したものである。其の不法取引の回数、量等より綜合較量して科刑軽きに失するものと認める。

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